文字は詩にもなれば法律条文にもなる。違いは言葉そのものだけでなく、それが存在する環境、使われ方、そして言葉同士がどのように構造を形成するかにある。

私にとって、コードも同じものだ。文字と切り離された別の世界ではなく、より厳密で実行可能で制約の多い文字の形態に過ぎない。逆に言えば、文字も単なる表現ではなく、ルール・論理・プロセス・判断を担うことができる。特にAI時代において、この境界は以前より薄くなっている。

だからシステム・研究・出版・アプリ・執筆・Podcastは、私にとって互いに無関係な仕事ではない。それらはむしろ同じ思考が、異なる条件のもとで異なる文字の形態を選んだものだ。

絵画でさえ、私にとって別の支線ではない。コード・文字・構造の中にあった関心を、空間・色彩・リズム・雰囲気へと移し、同じことを処理し続けるだけだ。

テクノロジーは空間を作るべきであり、依存を生むべきでない。

ツールが人をより忙しく、より散漫にし、不必要な複雑さへの依存を高めるなら、それは私にとって設計の失敗だ。

削減は規律であり、スタイルではない。

削減設計が重要なのは、使用中の実際の負荷を取り除けるからだ。視覚的な結果は二次的なものに過ぎない。

長期的な仕事は痕跡を残す。

研究・書籍・システム・プロダクト・公開ノート・記録された対話が重要なのは、それらが内的一貫性を持つ作品の全体へと少しずつ積み重なっていくからだ。